ローカルに学ぶ
〜人口減少社会の未来と予防歯科のカタチ〜

神恵内村役場前でJOF副理事・歯科医師の畑と富士通関係者

防衛・核燃マネーが公共サービスの財源に

「人口減少社会に未来を学ぶ」 なぜこんな気づきをえたかといえば、ひとつにはコロナ前まで数年間、青森県下北半島の中山間地域の歯科医院へ仕事で定期的に訪れ、消滅さえうたわれるような人口減少地域の動きを身近に観察する機会があったからです。

平日朝7時台の羽田発三沢行き機内の乗客のほとんどはダークスーツ姿のビジネスマンとカジュアルな服装の外国人で、空港に着き真っ先に目に入ってくるのは日本原燃株式会社の電飾看板、続いてロビーで出むかえる迷彩服に身を包んだ在日米国軍人という異様な光景ですから、勘の鈍い人でも空港についてから15分も経たないうちに気づくことがあります。

この地域の自治体には「防衛マネー」と「核燃マネー」が流れこみ、人口減少地域の生活と産業を支える財源になっていること、そして調べてみると「核燃マネー」が流れこんでいるある村の人口の1/3が核関連産業の社員で放射性廃棄物処理産業の労働力なのです。

このような自治体への防衛や核の交付金と補助金は、たとえば「小中学生の医療費自己負担分に係る費用を助成し、子育て費用を負担軽減することにより、子どもの保健及び生活環境の向上を図る」といった子ども医療費助成事業などに充てられる基金として条例化され地域住民に還元されていきます。

このように交付された防衛・核燃マネーは、医療・介護・道路・公民館などの住民生活の利便性向上や産業振興に寄与する事業の主な財源となっています。米軍基地や原発を受けいれるリスクを自治体の公共サービスなどの財源として付けかえることによって、大多数の国民はより安心で快適に生活できるようになり、それに関わる企業は利潤を得るという図式が浮かびあがってきます。

その一方で、米軍基地や原発受けいれ地域では、公共サービス財源確保のためのリスクアセスメントが問題となり、官対民、公対私という対立が起こっていることはマスメディアを通じて知るところとなっています。そして原発はいざという時には核兵器にも転用できるダークサイドをも作りだしています。

神恵内村村長、役場関係者、神恵内村歯科診療所歯科医師へ予防歯科に関する講話

官民連携の新たなプラットフォーム

先般、同行した富士通Japan社(以下、富士通J)が主導する北海道神恵内村予防歯科プロジェクト(以下、予防歯科PJ)には、官対民、公対私という二項対立やダークサイドな一面を感じることはありませんでした。それというのも人口約800人で漁業が主産業の自治体は、積丹半島の日本海側斜面に張りつくように存在し、みんな生きるのに、暮らすのに必死。村が消滅する、村民みんなが生きのこりに必死という感じが伝わってきました。

神恵内村村長、役場関係者、神恵内村歯科診療所歯科医師へ予防歯科に関する講話

行政と村民がけんかしているとか、関与する民間企業と行政が対立しているという、あいかわらずの図式で切りとることはできないのが、人口減少と高齢化が極限までに達した地域の実態なのでしょう。神恵内村の課題が複雑化・深刻化するなか、行政だけでは解決できない困難な課題の壁があります。壁を乗りこえるためには、地域住民、行政、民間企業、NPOなどの活動団体、専門家などの関係機関(者)がそれぞれの強みを活かして、連携して解決に取りくむ必要があります。本来ならば行政<公>がやるべき仕事を民間企業<私>が連携・協働していこうとしていること、そして、行政<公>連携・協働が民間企業の利潤動機とうまく調和することは言うまでもないことです。

神恵内村での予防歯科PJは<私>の富士通Jが主体で<共>の一般社団法人日本オーラルフィジシャンフォーラム(以下、JOF)はそれを専門集団として支えています。富士通Jはすでに神恵内村の養殖産業の管理システム作りやITを活用した小中一貫キャリア教育を展開しており<私>の利潤を確保しつつあります。さらに予防歯科PJが展開されていくと、産業振興、教育、医療といった従来は自治体が担ってきたサービスの多くに富士通Jが関与することになり、神恵内村は新たなプラットフォームに生まれかわっていきます。

神恵内村職員、神恵内村歯科診療所歯科医師、保健所歯科医師・歯科衛生士、保健師、富士通関係者、JOFの合同ミーティング

民間企業の多くは顧客減少を新たなプラットフォームをつくることによって補完し、一方の人口減少地域はそのプラットフォームづくりに関わる関係人口の増加が見込めるwin-winの関係が成立します。神恵内村では<公・私>が一体となって地域課題を解決し、ニーズを満たす動きが当たり前になっていくと、将来的には域内の資金循環の作りかえという驚くべき変化も起きはじめていくのではないかと思います。

神恵内村の根幹にある原理が変わってくると、自治体の枠ぐみも変わってくるでしょう。従来は税を通じてお金を集めて、医療、子そだて、上下水道、ごみ集めなどのサービスを提供する自治体の仕事から、神恵内村では<公>と<私>が連携・協働して、産業振興のキーマン、教育のキーマン、健康医療のキーマンなど、異分野の人たちをつなぐことが自治体の仕事として問われるようになっていくはずです。

神恵内村村民に向けて、神恵内村漁村センターにて予防歯科講話

「新潟コシヒカリ」のような予防歯科を

<公>の神恵内村、<私>の富士通Jはそれぞれが考える課題や連携への利害が一致して、その一端として予防歯科PJは存在しています。<共>のJOFは専門家集団として予防歯科PJに参画するのには、JOFの目的・利益・支援できることを表明しなければなりません。その上で、世帯収入が300万円に満たない地域で、JOFの提唱する予防歯科を地域住民に受けいれてもらうには、何が必要か考えることが大切です。

少なくとも現行の医療保険制度の欠陥を理由に、社会保障としての医療保険そのものを否定してしまっては、この予防歯科PJは成立しません。JOFの予防歯科をどのようにすれば活かしていけるのか。そのためには自治体へ予防メンテナンス補助金制度などの説明、そしてなによりも神恵内村の歯科医師と医療関係者が予防歯科PJを担っていくための意識醸成、育成支援が必要になるでしょう。

「神恵内村を日本のスウェーデンにしよう!」漁村センターに集まった村民の方へJOFからのメッセージ

JOFのできることを上述のように考えると、その目的と利益は新たな予防歯科ビルダーとしてのポジションを社会に表明することにあるのではないかと思います。そのためには、医療が行政のあり方に左右されることは、現状の私たちの手に余ることと割りきり、だからこそ予防歯科医療の専門家グループとしての社会的役割を模索し担っていくべきです。神恵内村での予防歯科PJは行政的障壁が少なく自治体と地域歯科医師に適切な助言や提言ができ、医療として最適な予防歯科のあり方を示すことができる好機ととらえることができます。

話はわき道にそれますが、日本の現行法はその大部分が第二次世界大戦後制定されたもので、食管法と健康保険法はどちらも全体主義的な性格をもつ1940年代の敗戦前の社会で制定され、今もなお生きつづけています。しかし、食管法はコメ不足が解消され形骸化していき、「政府米」と「自由米(ヤミ米)」との間に「新潟コシヒカリ」に代表される「自主流通米」=「うまいコメ」が誕生しマーケットも変化していきました。その後、食管法は「売れるコメ作り」を基本に置いた食糧法に姿を変え、現在ではコメの価格や生産、流通など政府規制は大幅に緩和され市場原理が導入されています。

雨の中を関係者の想像以上に多くの村民の方が集まり熱心に講演を視聴した

その一方で、健康保険法はといえば、歯科では歯科医師は不足から過剰へと転じ、75~84歳の51%が「8020」を達成したとされる現在でさえも政府による規制下におかれ、歯科医師は共同体的規制そのものといえる医療保険制度によって完全にムラ的環境で行われる職業に甘んじています。そのために保健医としてグローバルスタンダードとされる歯科医療を目ざすには、保険制度の運用だけでは限界があります。だからといって保険制度をはなから否定していては、無批判に現行保険制度を受けいれる歯科医師の姿勢と何ら変わらず、歯科医療の未来を拓くことにはなりません。

予防歯科が一般的になった今こそ、予防歯科PJを皮切りに、JOFでは予防歯科分野での「自主流通米」=「うまいコメ」を目ざすべきではないでしょうか。診療報酬改定にびくともしない、経済格差にも動じない、そして北欧・北米の歯科医療にも伍していける「自主流通米」のような予防歯科の確立こそが、企業と連携する意義であり、社会が求める公益性の高い歯科医療のカタチではないでしょうか。「新潟コシヒカリ」のような予防歯科に近づくには、私たちは何をするべきか、当たり前に疑問を持ちつづけたいものです。

神恵内村漁村センター講演後、神恵内村役場関係者、神恵内村医療関係者、富士通関係者、JOF集合写真

参考図書・ウエブサイト 

JOF事務局 伊藤

2022.08.14

積丹半島西側に位置する朝霧に煙る神恵内湾